マザコンですまんなw

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今日、息子におっぱいをあげながら、何気なくテレビをつけたら、あの朝花の樋口了一さんが某番組に出演されてました。

おおw

満腹になって眠ってしまいそうな息子の頭をくしゃくしゃぽよぽよと撫でて
「うへwラッキーw朝花作った人じゃん!」とご機嫌でみていたら
歌の歌詞がじわっと心にしみ込んできて、しまいには号泣してしまいました。

進藤久明兄以来の衝撃。

よかもんは、よか!

樋口了一 手紙~親愛なる子供たちへ~(頭十数秒広告がありますが、その後曲がはじまります)

歌をきいて、走馬灯を見るような気持ちになったのは久しぶりで、歌が終わって拍手をするタイミングで、息子をきゅううと抱きしめてしまいました。

息子はにこにこw
というか口をあけて、にぱっwと笑う。
もうね、かわいい。やばい。

今、子供を授かって、ぶっちゃけ辛いこともある。
どうしていいかわからなくて、ひたすら撫でて、汗をふいて、着替えさせて、おっぱいあげて、お風呂入れて、散歩にいって、歌って、ときには踊ってみせてww
眠れないし、お風呂にもゆっくり入れないし、ツアーにも出れないし。

だけど、この貴重な毎日をとても愛しく思います。
本当に宝物のような、いや、まさに宝物の日々を過ごさせてもらってるんだよね。

この曲は、親目線で聴いたら「なんてあつかましいんだww」と思うらしく、おかんにすすめたら「あんたには迷惑かけんもーんw」というお返事。
そうじゃないのよ、おかん。

そうじゃない。

これは、子供の目線で聴くと、涙があふれる。

ああ、そっか、私がこの子を困りながら愛して育てているように、親は私をこんな風に育ててくれたんだよな。
それに気づいたり思い出したりする歌だと思う。

おかんとは、色々あったけど、そしてこれからも色々あるけど、今私が息子を心から大事で大切で愛しくてかわいくてたまらないように、おかんも私を愛してくれていたことを、私は忘れることができずにいます。

いくつかの納得いかなかった長期的なことや
いくつもの突発的な「なんだそれ!」なことも、繰り返し繰り返し解決しないまま、私は34歳になりました。

それでも、3歳くらいのとき、保育園に行く前に寄ったどこかの大きな樹。
その樹の下の車の中でかかっていた村下孝蔵のカセットの音。
5歳くらいの時、長い階段をおりるとき、甘えておんぶをせがんだこと。
もう重たい私をニコニコとおぶってくれたおかんのこと。
せまくて汚いアパートに住んでいるとき「電気は大切なんだよ」と言いながら、全部のあかりを消して一緒にお風呂に入ったこと(貧乏で電気代をとにかくおさえたかったとあとできいた)
ばあちゃんが「どがん都合があると?!」と心配して来てくれたけど、それは電話代が払えなくて電話がとまってて、そのアナウンスが「お客様の都合により」だったこと。

そんな記憶があるから、やっぱりどんなことがあっても、私はずっとマザコンだし、何度大きく心をたがえても、結局は母子でしかないんだなと。

樋口さん、ありがとう。
いつか、私の大事な山鹿で、私の大事な人たちに樋口さんの素晴らしい歌を聴いてもらいたいので
なんとかできるように頑張ってみようと思います。

余談ですが、おかんは孫フィーバーながら、孫かわいいwwwと言いつつも、定型語尾のように「でも桂のほうがかわいかったw」と付け加えてくれます。

すげーいいやつなのに、大事なとこでうまくいかないのは、きっと親子以上に距離が近いからかもな。
おかんの老後、実は楽しみにしてる。
きっとわがままで大変だろうけど、けんかしながらもしっかりかわいがってあげたい。
親って、噂によると、いつか自分より先に死んじゃうらしいね。
次に産まれてくるときは、私の子供に産まれてくればいいと思う。
そしたら、もう、あんな貧乏な毎日を過ごさせないし、もっと幸せに、護ってあげるのに。

私はまだ、親をありがたいばっかりのものとしてはとらえきれないけれど、大事でかわいくてたまらないし
もっと喜ばせたい。

今息子が寝がえりをうつたびに私が喜ぶように、きっと親は私が何か小さくてもなしえるときに、喜んでくれる。

そう思ったら、ぼちぼちにこやかにゆっくり幸せになろうって思います。

ながくなってしまったw

さーせん。

 

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